Story

moilyのはじまりは池宮が2009年にカンボジアを訪れたことから始まります。

 

学生の頃、貧しい人達の役に立ちたいという思いで行ったカンボジアのボランティアツアー。未だ地雷が残るカンボジアは、きっとどんよりとした空気が流れているのだろうと決めつけていました。

しかし、実際に行ったカンボジアでは、確かに掘立小屋のような家や、舗装されていない道路、物乞いをする少年少女はいるものの、無邪気な笑顔や、明るく人懐っこいカンボジア人の人柄。私たち日本人とは違う何かで心が満たされていたのです。私が今まで持っていた幸せの価値観とカンボジアの幸せの価値観は大分違うようでした。貧しいから何かしてあげようという私の考えは間違いで、逆に多くのことを学んで帰ることとなったボランティアツアーとなりました。

 

「今迄日本で学んできたことは何だったのだろう・・・」

 

その当時教師を目指していた池宮は、

「このままじゃ、本当のことを教えられない教師になってしまう。」

 

という理由からその年の教員採用試験を見送り、翌年世界16カ国を周るバックパッカー旅に出発します。訪れる国はなかなかリアルな情報が日本に入ってきにくい、中東諸国やアフリカ、東南アジア、南米を選択しました。

 

各国では本当のことを自分の目で見たいという理由から、孤児院で働いたり、公立学校で教師を行ったり、多くの学校を訪問したりしました。時にはベドウィンたちと洞窟で生活し、またはある時マサイ族と共に踊りヤギの肉を食べながら生活しました。

どれも貴重な経験でした。「どこへ行っても人は結局人なんだな。」というあたたかい気持ちになりました。

 

しかし同時に数多くの経験を積み重ねていく中でいつも心に引っかかることもありました。

 

それはどこへいっても言われる

「日本人なんだよね!君は僕らに何をしてくれるために来てくれたの?何をくれるの?」

という言葉でした。

「じゃあ、何に困っているの?今その為に何かしているの?」

ときくと、「それは君が考えてよ。」と言われたり、「携帯が欲しい。」と言われたり。

 

元から自分たちで物事を解決しようという気がなく、そもそも問題点を探すこともせず、とりあえず先進国の人がきたら、何かお願いしようというその気持ちにショックをうけました。
しかし、その気持ちを作ってしまったのは一方的な判断で支援をしすぎた私たち先進国と呼ばれる国のせいだと責任も感じました。

 

多くの国で貧しさ故に学校に行けない子どもたちがいるのも事実。病院に行くことが出来ない人がいることも事実。

だけれどそれは学校や病院を与えれば済む問題ではなくて、なんとかしたい!というその土地の人たちの気持ちが最も大切ではないか。そして自分たちで解決するためには寄付に頼らず、自分たちでお金を作り出して解決していくことが重要であると気付いたのです。

 

旅を終え、3年の準備期間を経て、2014年に再びカンボジアを訪れました。その時カンボジアの生活用品であった「かご」に市場で初めて出会ったのです。生活に根付いたかごはとっても素朴でとても丈夫。デザインを変えれば、もともとある技術を守りながら雇用を作り、カンボジア独自の商品が作れる!そしてこれでちょっぴり社会をよくする仕組みがつくれたら!!と思い立ったのです。

 

これらのことがmoilyを立ち上げたきっかけとなりました。

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